山形地方裁判所 昭和24年(行)15号 判決
原告 吉田富美子
被告 山形県知事
補助参加人 吉田武夫
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告(当時山形県農業委員会)が昭和二十四年四月三十日附で為した原告所有の東村山郡作谷沢村大字築沢字沖七百五十八番地田五畝二十二歩同所字前田六百四番地田八畝三歩の二筆についての訴願を棄却する旨の裁決は之を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。前記の二筆の土地(以下本件農地と称す)はいづれも原告の所有であるが、訴外作谷沢村農地委員会は補助参加人吉田武夫の昭和二十三年一月二十日附自作農創設特別措置法第六条の二による遡及買収申請に基き同年六月二十日、本件農地の買収計画を樹立し同日その公告をした。原告は即日右農地委員会に異議を申立てたところ同委員会は同年七月二十日之を却下した。そこで原告は更に被告(当時山形県農業委員会)に対し同年九月二十四日附で訴願したが被告も亦昭和二十四年四月三十日附を以て右訴願を棄却する旨の裁決を為し、その裁決書は同年五月十六日原告に送達された。しかし、本件遡及買収計画は、(一)原告の住所が昭和二十年十一月二十三日以降引続き現居村にあつたものを所謂不在地主として買収した違法があり(二)仮りに然らずとするも前記吉田武夫は本件農地を耕作する何らの権利も有していないところ本件農地の耕作権者の如く装い訴外作谷沢村農地委員会に対し前記遡及買収申請を為し、以て同会を偽罔し、本件買収計画を樹立させたものであるから違法である。従つて斯様な本件買収計画を是認した右裁決も亦違法であるからその取消を免れない。次に自作農創設特別措置法に基き為された本件遡及買収計画は(一)同法施行前の昭和二十年十一月二十三日に遡つて適用されることになり憲法に違反し無効である(千葉地裁昭和二十八年七月七日判決参照)(二)仮りに無効でないとして、昭和二十年十一月二十三日現在の事実を本件買収計画の如く適用するとしても右武夫は第三者であり小作人は訴外渡辺理助であるから斯様な重大なかしのある計画は取消されるべきである。よつて自作農創設特別措置法第四十七条の二により本訴に及ぶと陳述し、被告の主張に対し、被告は本件買収計画が原告主張の通りの時期に為されず従つて原告の所謂異議訴願はか空のものであるというが仮りに本件買収計画の日時は原告の思い違いであるとしても(一)行政庁が異議訴願の内容に立入つて審理決定した以上その異議訴願の不適法(不存在)を主張することは許されない(二)仮りに許されるとしても右のかしは訴願法第八条によつて宥恕されているものである。(三)仮りに然らずとするも重大な違法かしのある場合は出訴期間には制限されず且つ異議訴願の手続をなさないでも裁判所に出訴出来るのであると陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、次のように答弁した。
原告主張の事実中、原告所有の本件農地に対する自作農創設特別措置法による買収手続が為されたこと、及び昭和二十四年五月十六日訴願裁決書が原告に送達されたこと。本件農地を原告の自作地として訴外作谷沢村農地委員会で決定したことは認めるがその余の事実は否認する。原告主張のような異議訴願が為された旨を一旦認めたが右は重大な錯誤に基くものであるから之を撤回し、原告の為した異議申立は本件買収計画に対して為された異議申立でないと主張する。従つて訴願も亦適法に為されていない。被告(当時山形県農業委員会)が裁決を為したとしても誤つて為したものであつて本件買収計画に対する訴願というものは存しないのである即ち訴外作谷沢村農地委員会が本件買収計画を樹立したのは昭和二十三年九月十八日(原告提出の甲第七号証によるも明か)であつて同日その旨公告し、十日間縦覧に供したがこの期間内には原告の異議申立がないことは原告の主張自体から明かである。本件農地は昭和二十二年十月二十四日訴外渡辺理助より補助参加人吉田武夫に引渡され同人の耕作するところとなつたものであると主張した。(立証省略)
補助参加人訴訟代理人は本件農地は昭和二十四年七月三十日参加人吉田武夫に対し売渡処分が為され売渡通知書(同年八月十五日附)が送達され同年十二月十一日右買受代金六百九十六円四十銭を納付して所有権を取得したものであるから被告を補助する為本件参加申立に及んだと述べ、
原告は本訴に於て補助参加人の無権利者なる旨を抗争するが参加人は昭和十年一月二十二日訴外吉田弥五右ヱ門の懇請に基き同人の妹ときと入夫婚姻し、当時在鮮していた原告及び原告の父である右弥五右ヱ門の内地財産一切を参加人に於て贈与を受けていたもので、昭和十八年九月二十九日右弥五右ヱ門が原告名義で本件農地を購入した際はその耕作権は参加人(当時出征中)に与えられ、小作料のみが参加人の妻ときによつて原告方え送附されていた実情であつたのである。而して、参加人が復員後、昭和二十年十月二十日本件農地の小作人渡辺理助からその耕作権の返還を受け、耕作中翌二十一年五月原告等が帰村するや参加人の右耕作について異議なく之を承認したにも拘らず既に贈与したが未登記になつていた前記内地財産を参加人から取戻さんと画さくし、兼ねて本訴に及んだものであるが既に本件農地を除く他の財産については参加人の主張が認められ仙台高等裁判所に於て慎重審理の結果昭和二十七年四月九日参加人全部勝訴の言渡があつたものである。従つて参加人は本件農地について正当な権利を有する耕作者であると述べた。(立証省略)
三、理 由
よつて、本案前の抗弁につき考えると、被告は本件訴は適法な異議訴願を経ない訴であると抗争するのであるが、先づ成立に争いない甲第七号証によれば本件買収計画は昭和二十三年九月十八日樹立公告されたことが明かであるのに原告は同年六月二十日樹立された旨主張する。(被告は一旦原告の右主張を認め後撤回して争つている)
しかし原告の主張する計画樹立の日が真実の日時と異るにせよその一事のみで原告の主張するような買収計画は存しないと断ずるのは不当であるところ右買収計画の目的物たる農地当事者の同一性および買収計画は本件農地についての唯一回であることなどから原告の異議は正しく本件農地について樹立された買収計画そのものに対する異議であると認めて差支ない。すると前述の如く本件農地に対し訴外作谷沢村農業委員会が樹立した遡及買収計画は昭和二十三年九月十八日であるところ原告の為した異議申立なる書面(甲第二号証)は買収計画樹立前に提出されたが同日附を以て本件買収計画に対する有効な異議申立と為つたものと解するを相当とし、之に対し右作谷沢村農業委員会が同年九月二十九日附で為した決議(乙第四号証の三)は右有効な「第十四回農地買収計画中吉田富美子所有全筆に対し吉田弥五右ヱ門異議申立」に対し棄却の決定を為しているのであるからその申立書の宛名が「山形県農地委員長」と為つているとしても他に特段の事情がない限り以上の認定を妨げるものではない。次に訴願について原告が被告(当時農業委員会)に対し同年十一月二十六日為したところ(乙第三号証の一)同二十四年四月三十日附の訴願棄却の裁決書が同年五月十六日原告に対し送達されたことは当事者間に争いない。然らば右訴願が自作農創設特別措置法所定の期間内になされていないとしても被告が内容の審査を為して裁決を下している以上、訴願法第八条に則り処理したものと認むべきであるから之に対する取消の訴を前審手続を経ないものとして却下することは相当でないといわなければならない。以上の次第であるから被告の本案前の抗弁は採用出来ない。
次に本案について判断すると、
第一、原告は昭和二十年十一月二十三日現在、既に帰村していて住所も引続き同所にあつた旨主張するが右事実を認めるに足る証拠はなく却つて証人吉田弥五右ヱ門の証言によれば原告等は昭和二十年十一月内地に引揚げてきたが病気の為帰村は翌年五月になつたことが認められるから昭和二十年十一月二十三現在では原告は肩書地に帰村していたとの主張は採用出来ない。
原告は第二次的に本件農地の自作農創設特別措置法による遡及買収は元来同法所定の申請権者でない参加人吉田武夫の遡及買収申請に基き為したものであるから当然無効である旨主張する。成立に争いない甲第三乃至第五号証、乙第一号証の一、二、乙第二号証、丙第一号証、証人渡辺要助、同土屋潔、同吉田弥五右ヱ門、同渡辺理助、同吉田善七、同日詰庄吉、同吉田武夫の各証言を綜合すると、本件農地は原告の父訴外吉田弥五右ヱ門が朝鮮に在住していた昭和十八年九月二十九日郷里作谷沢村所在の売物田地を買受けようと決意し、訴外吉田善七(右弥五右ヱ門の叔父)同日詰庄吉(参加人吉田武夫の実兄)の斡旋で、訴外星川とみから小作人訴外渡辺理助が耕作していた田地を原告名義で買受け同訴外人には引続き耕作させることを爾後承諾したが主として小作料を取立てるのが目的であり同人をして離作せしめるような考慮を払つた形跡はないこと。原告においては参加人吉田武夫(当時応召中)に耕作させることの権限を前記吉田善七、日詰庄吉に与えていなかつたこと、原告等が帰村した当時参加人吉田武夫の本件農地の耕作を肯認した事実も認め得ないことなどが明かであり彼此綜合して考えると事実上参加人吉田武夫が復員後前記渡辺理助から本件農地を返還して貰つたとしてもその為参加人が右土地について適法に耕作権を取得したものとは認めがたい。
以上述べた理由により仮令参加人が遡及買収当時である昭和二十年十一月二十三日現在右土地を実際上耕作していたとしても、自作農創設特別措置法所定の遡及買収申請を為す者としては適格性を欠いていたといわなければならぬ。しかし乍ら遡及買収の適格要件を具備しない者の申請に基く買収計画であつても右の事由のみでは重大明白なかしがあるものとして当該買収計画を当然無効であるということは出来ない。(但し右買収計画乃至買収処分とは別に一般的に農地が売渡計画乃至売渡処分により斯様な無権限者に売渡された場合は別な問題となるのであるが本件の如く請求自体が売渡処分の違法に迄及んでいない場合は当事者の主張していない売渡処分のかしは判断できないものと解する。)果して然らば爾余の判断をなすまでもなく此の点に関する原告の主張も亦理由がない。次に本件買収計画は信義則に反していると主張するが証人吉田喜四郎の証言、同証人訊問の結果真正に成立を認める乙第四号証の一、乃至三を綜合すると訴外作谷沢村農業委員会は前記武夫の遡及買収申請について可能な限りの審査を尽しておる事情が認められるのでたとえその事実認定に多少の誤認があるとしても右の程度では信義則に反したとはいえない。従つてこの点に関する原告の主張も亦理由がない。
次に原告は自作農創設特別措置法の違憲性を主張するが按ずるに同法は占領中の連合国最高司令官の覚書乃至勧告に基いて制定されたものであり超憲法的な効力を有するもので原告の主張は理由がない。
又原告は訴外渡辺理助が本件農地の買受人として自作農創設特別措置法所定の適格性を有する旨主張するが本件農地の売渡処分を争うならば格別買収計画に対する異議訴願の取消を求める本訴に於ては理由のないこと前述の通りである。
以上の次第であるから原告の請求は失当として之を棄却することにし訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 松本晃平 藤本久 玉置久弥)